もしも電子ネットワーク空間を実際に覗き見ることができたなら、最も人々を引きつけ、賑わいを見せている場所が「コミュニティ」であることは一目でわかるだろう。そこに集まるユーザーの熱量や、交わされる情報交換の圧倒的な頻度と速度は、未経験の人から見れば誰もが目を疑うほどの凄まじさだ。

しかし、実際に掲示板を一度でも運営したことのあるネットユーザーなら、リアルな空間では起こりえないような人々の行動パターンが、ネットの中では容易に発生することを知っている。

多くのユーザーは、いくつかのお気に入りの「溜まり場(掲示板)」を持っている。それは、名もなき一介のユーザーが主宰する大小さまざまなコミュニティだ。では、こうしたオンライン・コミュニティが成立するための最低条件とは何だろうか。経験から言えることは、「掲示板がネット上にただ一つポツンとあるだけでは、コミュニティとは呼べない」ということだ。

オンライン・コミュニティが成立し、機能するためには、以下の4つの要件が必要となる。


コミュニティが成立する4つの要件

1. 多様な社会を形作る「集積性」

掲示板やメーリングリストは、コミュニティの最小単位にすぎない。これら複数の構成単位がいくつも集まることで多様な社会(街)が形成され、その中から初めて「コミュニティ」が生まれる。単一の場だけでは、人間関係に広がりを持たせることはできない。

2. 誰もがぶらぶらできる「開放性(風通しの良さ)」

中身が誰からも見えて、誰でも好きな時に参加できるオープンさが必要だ。明確な目的がなくても、場を「ぶらぶら」しているうちに気の合う仲間が見つかることこそが、コミュニティ最大の魅力である。たとえ会員制であっても、出入りや閲覧は自由でなければならない。この風通しの良さが、自律的な発展を促す。

  • メーリングリスト(ML)の限界: テーマやメンバーが限定されるMLは閉鎖的になりがちだ。特定の議論には向くが、雑談や交流、出入り自由な空気感を醸成するのには向いていない。

3. 網の目型の双方向コミュニケーション

コミュニティが成立するには、参加者全員が相互に繋がり合う「$n \times (n-1)$ 型」のコミュニケーション構造が必要不可欠である。

  • メールマガジン(メルマガ)との違い: メルマガは編集者が一方的に情報を送る「一対多」のメディアであり、双方向性が保証されていないため、コミュニティとは呼べない。
  • 掲示板の優位性: 掲示板は、この「$n \times (n-1)$ 型」のネットワークを最も簡便かつ誰にでも使いやすい形で実現できる、必要最低限のツールである。

4. ユーザーの活動結果としての「後発性」

コミュニティとは、ユーザーのコミュニケーション活動の結果として「後から表れるもの」だ。最初から意図的に完成されたコミュニティを作ることはできない。


「機能」ではなく、まず「場」がある

私が手がけた初期のコミュニティ「キャンパスネット」や、その思想を踏襲した「ガーラフレンド」では、運営側が用意した「共通掲示板」と、メンバーが自由に作れる「個人掲示板」を基本単位とした。

最初は共通掲示板に人が集まるが、次第に個人掲示板が乱立し、人の流れもそちらへと移っていく。ユーザーが一つの掲示板にとどまらず、あちらこちらと遊び回る(回遊する)うちに人間関係のネットワークができ、一つの「社会」や「街」が形成されていくのだ。

ここで重要なのが、「複数のコミュニティ(掲示板)に同時加入できる仕組み」である。

【アイスマンのエピソード】

キャンパスネット内に「居酒屋」や「カフェバー」と名付けられた掲示板が乱立した際、「アイスマン」というハンドルネームのユーザーが現れた。彼は「まいど!」と言いながら、各掲示板に「氷」を届けるように巡回し、周囲も「おお、待ってたで!」と応酬した。

この現象は、単なる学生の遊び心ではない。ユーザーが個々の掲示板の枠を超え、そのベースにある「場(プラットフォーム)全体」を自分たちの活動領域(街)とみなしている証拠である。単一の掲示板への帰属意識だけでなく、その「場」全体への帰属意識(住民意識)を持ってもらうことこそが最も重要なのだ。

個人サイト集積地(ジオシティーズなど)との決定的な違い

当時流行していた「ジオシティーズ」などは、無料ホームページの提供が主体であり、目的はあくまで個人ユーザーの「情報発信」だった。

一方で、私たちが目指すオンライン・コミュニティは、あくまで「コミュニケーション(交流)」が主体である。プロフィール機能などはオプションにすぎず、交流のための「個人掲示板」が主役である点で、明確に方向性が異なる。


コミュニティは自律的に形成される

コミュニティは本来、自律的な集団である。したがって、「1万人集めたからコミュニティを作りなさい」と強制しても絶対にうまくいかない。毎日100人、200人と自然に人が流入し、メンバーが自発的に増えていくプロセスがなければ成立しないのだ。

かつてオンライン・コミュニティの元祖と呼ばれた「ニフティのフォーラム」と、私たちのコミュニティには大きな違いがある。

比較項目ニフティ・フォーラムガーラがプロデュースするコミュニティ
本質・目的基本的には「会議の場」。特定のテーマに強い関心を持つコアユーザーが深く語り合う。「人と人との交流の場」。テーマを限定せず、幅広い雑談の中で仲間や友達を見つける。
管理体制「シスオペ(モデレーター)」が任命され、発言の調整や管理を行う強い権限を持つ。特定のシスオペは存在しない。主宰者はいても、必ずしもその人がリーダーになるとは限らない。

私が初めて個人掲示板を開設したとき、数日間放置してしまったことがあった。しかし後で覗いてみると、主宰者である私がいないにもかかわらず、どこからともなく集まったユーザーたちがそこを溜まり場にし、勝手に会話を盛り上げていた。

結局、場のリーダーや秩序は、ユーザー同士の交流の中から自然発生的に生まれるものなのだ。

コミュニティの秩序は、多様なユーザーの相互作用によって自律的に守られる。これが基本原則だ。だからこそ、運営側が意図的にコントロールしようとしたり、特定のシスオペが場を管理したりするべきではない。運営側が「コミュニティのあるべき姿」を押し付けるのは間違いであり、最終的な選択権は常にユーザーにある。

ネットユーザーの自主性と自発性を重んじ、必要な要件を満たした「場」さえ提供すれば、オンライン・コミュニティは生きた組織として、自律的に形成されていくのである。