一般に、イノベーションは主にテクノロジーの変革のことだと誤解されている向きがある国。ビジネスに精通した経営者たちも、イノベーションと聞くと、技術者が先端テクノロジーを開発している研究開発室を思い浮かべる。しかし、テクノロジーの変革だけがイノベーションではない。
高成長の企業では、新しいビジネスモデルと高度なテクノロジーの両方を活用してイノベーションを進めている図。第1章では、デルのビジネスモデルのイノベーションや、アツプルのテクノロジーとビジネスモデルのイノベーションを紹介したが、他にも多くの事例がある。たとえばeBay(イーベこは、インターネットという新しくて簡単に利用できる技術を使い、オークションの新しいビジネスモデルを生み出した。また、小売業界最大手のウオルマートは、ごく一般的な情報通信機器を利用してサプライチェーンとサプライヤーを緊密に連携させ、コストを大幅に削減できる新しいビジネスモデルを確立した。IBMで研究開発のトップに立つ、ニック・ドノフリオ上級副社長はこう話す。
「我々は〈イノベーション〉を、ビジネスとテクノロジーの両方を視野に入れて新しい価値を創造することだと考えている。新しい視点を持たなければならない。物事のやり方も変えなければならない。発明やテクノロジーだけに頼っていては成功できない」
こうしたイノベーションは、旧体質で資本集約型の鉄鋼業界でも起きている。ニューコア・スチールは、鉄スクラップを鉄鋼に作りかえる新しいテクノロジーを開発し、同時にビジネスモデルも価値を最大化できるものに変えた。この新しいビジネスモデルは、高付加価値の商品を比較的少量、生産することに主眼を置いていて、大規模大量生産という業界の伝統的なモデルを事実上くつがえした。こうしたテクノロジーの変革とビジネスモデルの変革による複合的な効果は鉄鋼業を一新させ、業界全体に変革の波を引き起こした。
ビジネス・プロセスが同時に変化していないと、テクノロジーの変革はめったに起きない。
これは、逆もまたしかりである。両方のイノベーションは同時に進むので、二つを一つのまとまりで捉え、導入しなければならない。たとえば新しいテクノロジーの導入によって、製造工場では作業工程を変え、営業部門では顧客とのコミュニケーションを変える必要が出てくるかもしれない。ビジネスモデルが主導したイノベーションとして有名なのが、20世紀前半の自動車業界だ。
それまで自動車は、小さな工場で熟練工が手作りの部品を一つひとつ組み立てていくという、きわめて労働集約的な産業だった。そんななか、このビジネスモデルに最初の大変革が起きた。
ヘンリー・フォードが部品の規格化を進め、生産ラインの概念を自動車生産に取り入れたのである。このラディカル・イノベーションは、生産ラインとサプライチェーンの効率性を高めるプロセス・テクノロジーなど、新しいテクノロジーも使われていたが、きつかけになつたのはビジネスモデルの変革だった。この変化は、自動車業界の概念全体をひつくり返してしまつた――小工場が大工場の生産ラインに変わっただけでなく、製品性能を重視する姿勢は製品コストの重視に、部品は特注生産から規格化に、システムは個別工場での組み立てから垂直統合へ、ニッチ市場からマスマーケットヘと、さまざまなところで変化が生じた。
その後、第二の変革をもたらしたのは、ゼネラル・モーターズだった。これもビジネスモデルの変革ではあったが、フオードが作った仕組みを土台にしていた。アルフレツド・スローン社長は、フオード以上にビジネスモデルの改善を重視し、その創意を発揮して、フオードを超える新たなビジネスモデルとマネジメント手法を作り出した。これは、ソフト・テクノロジーと呼んでもいいだろう。具体的には、まずマーケットをセグメント化し、各セグメントに差別化した機能性を提供した。そして製造プロセスには柔軟性を持たせて、生産ラインの効率を大きく高めた。
成功する企業は、テクノロジーの変革とビジネスモデルの変革を組み合わせてイノベーションを生み出している。さらに、企業の基本精神にイノベーションを根付かせるためには、経営陣がイノベーションのビジネス的要素とテクノロジー的要素のバランスをとらなければならない。
変革を起こす六つの要因――ビジネスモデルの変革、テクノロジーの変革、それぞれ三つずつ――を示したものである。これから見ていくように、イノベーションが起きるには、この六つのうち最低でも一つは作用しなければならない。
ビジネスモデルの変革
ビジネスモデルは、企業が顧客に対して価値を製造、販売、提供する過程を示すものである。そして次の三つの領域でビジネスモデルが変化すると、イノベーションは進む。
●バリュー・プロポジション――市場に向けて販売、提供される価値。
●サプライチェーン――価値を作り出し、市場へ提供する仕組み。
●ターゲット顧客――価値の提供先。
これらはどれも経営戦略には絶対に欠かせないものであり、イノベーションを理論的に捉える際の中核となる。
バリュー・プロポジション
商品やサービス(基本的に市場に向けて販売、提供するもの)のバリュー・プロポジションの変革とは、まつたく新しい商品やサービスの提供、もしくは既存商品の応用版の提案ということになるだろう。たとえば、ハミガキの各ブランドではこれまで虫歯予防、日臭予防、歯石コントロールなど提供価値が次々と拡大されてきたが、最近それにホワイトニングが加えられた。同じく自動車メーカーも、乗用車やトラックに頻繁に新機能を追加したり、アフターサービスを充実させたりしている。またコンピューテイングと情報マネジメントの世界では、IBMのバリユー・プロポジシヨンが、製品主導型から、自社製品と各種サービスとをセツトで提供する方向に転換しはじめている。現実にサービスが事業の主軸になってきていることは数字にも表れていて、2003年の売上の48%、利益の41%はサービス提供によるものだった。そしてプライスウォーターハウスクーパーズの買収(現在はIBMビジネスコンサルティングサービス)や、オンデマンド戦略の一環としてのアプリケーシヨン・ホステイング事業の強化などもすべて、サービス提供面の拡大に向けた戦略的な動きである。 一方、アマゾンは提供するサービスの内容を変えた。ギャップやノードストローム、エディー・バウアーの衣料品や、3000種類を超えるスポーツグッズなど、さまざまな小売企業の商品を取り揃え、オンライン・ショッピングモール、すなわち小売販売のプラットフォームを作り上げたのである。
サプライチェーン
ビジネスモデルの変革につながる二つ目の要素は、サプライチェーンーー価値の創出から市場提供までの仕組み――である。通常、サプライチェーンが変化しても顧客の目にはわからない。実際に影響するのはバリューチェーンの各過程で、具体的には、組織の構成や提携先、営業の仕方などが変わる。サン・マイクロシステムズは1980年代に、価値創造の過程に他企業との戦略的提携を使うという、アウトツーシングの新しいアプローチを考案し、大きな競争優位を手にした――だが、この変化は製品を見てもわからないはずだ。また、分断されている
サプライチェーンを結合するという変革もある。たとえば、ゼネラル・エレクトリック(GE)が発電タービンとサービス契約とをセットにしたところ、サプライチェーンに新しい相乗効果と価値が生み出された。顧客が機器とサービスをワンセツトで購入するため、業界平均を上回る販売利益が確保できるようになったのである。この大々的なイノベーションが市場に与えた影響は大きく、ビジネスモデルは機器とサービスのセット販売に変わった。これによつて同業他社は、競争を続けるためには両方に対応しなければならなくなった。
そのほか、サプライヤーとの関係改善で生まれるイノベーションもある。たとえばトヨタは1970年代、それまで対立的だったサプライヤーとメーカーとの関係の見直しを図り、サプライヤーはメーカーの成功も失敗も分かち合うという共同的な関係に変えた。またイノベーションの成功には、補完関係にあるパートナーシップをうまくマネジメントすることも有効だ。マイクロソフトのゲーム市場参入の成功は、ゲーム機XBox自体の売れ行きが好調だつたこともあるが、専用ゲームソフトの開発企業の成長によるところが大きい。
ターゲット顧客
ビジネスモデルを変える第三の要素は、ターゲット顧客の変化である。一般的に、この変化が起きるのは、現時点ではマーケティング・販売・流通の対象になっていないセグメントが、将来的には商品、サービスの提供対象になりそうだと判明したときである。たとえば、バランス栄養食はもともと運動選手や激しいスポーツをする人を対象にしていたが、その後、異なるセグメント(女性など)が大きな潜在的顧客層であることがわかった。そこで材料、パッケージ、広告に比較的小さな変更を加えたところ、市場は何倍にも拡大した。
既製服ブランドのドッカーズは、「手軽さ重視」の顧客層にターゲットを絞り、汚れにくくアイロンが不要なチノパンを提供した。そして、このチノパンに関してはターゲットを、いつものおしゃれな男性でなく、ファッションに弱い男性に変えた。結果、売上をさらに伸ばすことができた。
ターゲット顧客の変化によるイノベーションは、サプライチェーンやバリュー・プロポジションの変化に比べれば頻度としては少ない。だがイノベーションの要因としては重要で、イノベーションのチャンスを探っている企業は見落としてはならないものである。
この三つの要因は、ビジネスモデルのイノベーションを生む基本である。デルやニューコア・ステール、GEなどのリーディングカンパニーもこれらを活用して競争優位を確保した。
テクノロジーの変革
新しいテクノロジーは、イノベーションの中心になって大いに注目を集めることもあれば、装置の裏に隠れていて、修理担当者の目にしか触れないこともある。いずれにせよ、イノベーションが起きるのは、テクノロジーが次の三つの点で変化した場合である。
●製品とサービス[
●プロセス・テクノロジー
●イネーブリング・テクノロジー
製品とサービス
既存製品・サービスの変更や新製品・新サービスの導入は、消費者が変化を直接実感できるため、イノベーションとしては一番目立つ。今日の変化の激しい市場では、消費者はこの類のテクノロジーのイノベーションは頻繁に起きるものだと考えている。商品のイノベーションを期待して買い物のタイミングを計るのは、いまや当たり前になってしまつた――たとえば、MP3プレーヤーを買う際、機能や保存容量を強化した最新モデルの登場を待つように。
そのほか、携帯電話や自動車で新機能が頻繁に追加されたり、超大型新薬が生まれたりするのも、製品テクノロジーの変化によるイノベーションである。また、マクドナルドは低脂肪オイルを導入することで、商品やサービスはまったく変えずに、健康志向の強い消費者という新しい市場セグメントを開拓できた。この新しいオイルでは商品の味(知覚品質)は変わらない。
だが、新しい顧客セグメントに魅力を与え、さらに既存顧客の好感度も高められる可能性があった。ファストフードにこうした手法を用いたのはマクドナルドが初めてだった。そして既存の商品とサービスの価値を最大限に生かせるようになったのである。
この種のイノベーションは非常に重要であるし、企業の成功に大きな影響を与えるものだが、テクノロジーによるイノベーションはこれだけではない。
プロセス・テクノロジー
一般に、テクノロジー・イノベーションというと、製品やサービスの性能の向上が思い浮かぶ。たとえばメモリチップの向上といえば、容量や転送速度のほか消費電力まで考えられる。
このような連想がされるのは、製品のイノベーションが、消費者でも価値判断や値踏みができる機能性に反映されるためだ。だが、テクノロジーは製品のイノベーションだけに使われるわけではない。
製品の製造過程やサービスの提供プロセスに使われるテクノロジーに変革が起きると、高い品質のモノやサービスが低価格でより速く提供できるようになる国。こうしたプロセス・テクノロジーの変化は通常、消費者の目には触れないが、競争の面では非常に重要になってくる。
たとえば食品加工や自動車の製造、石油の精製、発電のほか、あらゆる産業の製品製造がこれに関係する。また、製造と資材は密接につながっているため、資材もプロセス・テクノロジーの領域に含まれる。 一方、サービス産業にとっては、プロセス・テクノロジーはサービスを提供する際の手段といえる。たとえば、電話サービスが可能になるのは電話信号の送受信設備というプロセス・テクノロジーがあるからであり、特急便サービスが提供できるのも仕分け倉庫や配達トラックがあるからだ。また、空輸サービスは航空機や空港があるから可能になる。商品にしてもサービスにしても、プロセス・テクノロジーはイノベーションに欠かせない部分である。
企業は、コストを減らし、既存の製品・サービスの質を向上させようと、常にプロセス・テクノロジーの変革を考えている。この傾向は特に生活必需品や日常サービスの分野で強い。これらの分野では差別化が難しくなってきており、大抵はコストを争うしかないからだ。だが、どんな商品やサービスでも、プロセス・テクノロジーを改善すれば、それは必ず競争にプラスに働くのである。
イネーブリング・テクノロジー
テクノロジー・イノベーションを起こす三つ目の要因は、イネーブリング・テクノロジーといわれるものである。これは製品やプロセスの機能性を変革するテクノロジーではない。戦略のスピードアップを図り、時間を競争優位の源泉に変えるためのテクノロジーだ。たとえば情報技術(IT)もイネーブリング・テクノロジーの一つであり、これによリバリューチェーンの関係企業間での情報の流れが円滑になる。そしてコミュニケーションが緊密になれば、製品開発からサプライチェーン・マネジメントまで、ビジネス・プロセス全般がスピードアップする。
ITのようなイネーブリング・テクノロジーの変化は、顧客にはほとんどわからないが、意思決定や財務管理の改善につながるため、非常に重要である。たとえば、ウオルマートでは情報管理のイネーブリング・テクノロジーを大きく変えた結果、提携企業やサプライチェーン、財務状態を評価、管理する能力が格段に向上した。
イノベーション・モデルの統合
この新しいイノベーション・モデルでは、社内でビジネスモデルとテクノロジーの管理を統合することが必要になる。しかし現実には、こうした統合がいつも行われているとはかぎらない。たとえばインテルは、業界の競争が次第に強まってきていた2004年、テクノロジー・イノベーションの開発と市場化には莫大な資金を投じたが、ビジネスモデルのイノベーションにはあまり投資しなかったらしい。このときシリコンバレーで問題にされたのは、インテルに、今後数年間競争していける適切なテクノロジーがあるのかではなく、適切なビジネスモデルはあるのかという点だった。多くの人には、ビジネスモデルと、テクノロジーのイノベーションが乖離しているように思われたのである。
昔から、組織ではビジネスモデルの変革を生み出し管理する場所と、テクノロジーの変革を管理する場所とは、物理的にも文化的にも遠く離れていた。したがってイノベーションの成功は、ビジネスモデルとテクノロジーの管理に関する心理的側面と実際の活動を統合できるかどうかが鍵になる。
