イノベーションが企業にもたらすものは、成長し、生き残るチャンスだけではない。業界の方向性を左右できるチャンスも与えてくれる。多くのイノベーティブな製品やサービスは、その分野の専門家や業界人が見たら、「誰も思いつかなかった画期的イノベーションだった」というものではないことが多いのである。感心するとすれば、テクノロジーとビジネスモデル両方の変革を結びつけて一気にイノベーションを進めた、その戦略に驚くのである。しかも、これは新しいコンセプトの始まりに過ぎなかった。たとえば、iPodは、ロックバンドU2とタイアップした「iPod U2スペシャル・エディション」の発売により、コンテンツ・プロバイダーとの提携の可能性が開かれた。アップルは業界の方向性に甚大な影響を与えたのである。

アップルやトヨタ、デル、ニューコア・スチール、ソニーなど、イノベーションの成功者を見ればわかるとおり、主流のビジネスモデルや基本のテクノロジーの核心に重大な変革を起こせば、業界全体の競争のベクトルを変えることができる。イノベーションはビジネスの発展に影響を与える一つのきっかけになるのだ。こうして業界の競争ルールを決めた企業は、リーダー的地位を獲得し、自分に一番有利になるようにゲームを展開できる。

イノベーションは、市場競争力を高める武器となるだけではない。社会改革やソーシャル・アントレプレナーシップ(社会的起業)という形で、慈善事業や政府のあり方を変える起点にもなる。有名な例では、グラミン銀行が始めたマイクロクレジット(小規模融資)がある。このシステムのおかげで、これまで高金利融資の返済に追われて貧困から抜け出せなかった大勢の人々の生活水準は大きく引き上げられた。マイクロクレジツトは30〜40ドルというごく小額の融資だが、借り手はこれで事業を始めたり拡大したりするチャンスを得られる。銀行側は、融資先を慎重に選択し、借り手にグループを組ませて社会的コントロールが効くようにし、また融資先を分散することでリスクを抑える。その結果、金利は下がり、ひいては低収入の人々の生活水準を向上させた。

リーダー的地位を獲得するのは容易ではないが、それを維持するのはさらに難しい。イノベーションによって業界の方向を左右できても、それがその後の成功を保証するとはかぎらない。この点を誤解している企業は多い。たとえば、ボーイングは777型機で大きな成功を収め、21世紀の民間航空機のあり方を確立した。しかし、業界での優位を維持できず、2004年には売上高でエアバスに抜かれてしまった。他にも多くの企業が、イノベーションによって築いた市場での優勢を次第に失い、結局は競合に追い抜かれてしまっている。画期的なイノベーションを達成したからといって、成功するとはかぎらない。チャンスが得られるだけだ。

本当の成功のためには、さらにインクリメンタル(漸進的)なものからラディカル(急進的)なものまで、さまざまなイノベーションを続けなければならない。この原則を認識して、絶えずイノベーションを生み出し成長しつづけているのが、リーデイングカンパニーである。

長期的に安定を確保するには、より優れたイノベーションを継続できる力を持つしかない。たとえばノキアの経営者は、同社が本当に売り物にしているのは携帯電話ではなくイノベーションだと述べている。ノキアにとってイノベーションは組織の中核に備わった能力であり、常にイノベーションを仕掛けていくその社風は「革新」と呼ばれている。このイノベーションの力により、1994年には売上高60億ドル程度だったノキアは、2003年には360億ドルの企業に成長した。しかし、そのノキアでさえも安住はしていられない。2004年初めから財務状況が悪化し、以来、イノベーション・リーダーとしての座は危うくなりかけている。

イノベーションが優れていれば、競合より早く、効果的で健全な成長を遂げることができ、最終的には、業界の方向性に影響を与える機会を手にできる。最高経営責任者(CEO)としても、会社の望みどおりの成長が実現できる。これから紹介するコカ・コーラのイノベーションの例は、イノベーション活用の重要性と難しさをうかがわせるものである。